2017
02.27

僕は「他人の記憶の移植」は難しいと思うよ。

医療, 日記, 科学

リンク先では、話が進むにつれて「記憶を作ることは出来る」「近い将来他人の記憶を移植できる」と言うことになっている。まあ、「近い将来」と言う言葉は便利だけれどねえ。そう簡単では無いと思うし、今の脳の密度では他人の記憶を持ってくるのは難しいのでは無いかなあ。

記憶というのは人生そのものと言ったら大げさかもしれないけれど、小さい頃から親や体験したことで記憶が形成されていっていると思う。「人参」の記憶がどこかにあって、それを食べた時に「好き」とか「嫌い」とかっていう情報と繋がる。「東京、大阪」という単語を覚え、実際に「東京」に行った「大阪」に行ったことがリンクされる。生まれてから覚えた順番で単語のある場所、経験の場所は異なると思うんだ。この「行った」という他人の記憶を移植する際、「どこ」とか「何を」とかの情報は別の場所にあるから、そのリンク情報を持ってくるのか、はたまた既に自分にはある単語にリンクをするのか、それはとても難しいことだと思うんだ。例えば「人参」という記憶は脳の神経組織の形で表されているのか、組み合わせで覚えられているのかも僕は知らない。そういうことが既に脳神経学では分かってきているのであろうか?分かってきているからこそ、こういった記事の内容を語っているのだろうけれどね。

果たして。

僕はまだまだ先の話だと思うよ。しかも実現できるのかも不明。Wi-Fiで別の筐体に入っている脳細胞とリンクして記憶を移植するとか?

とても興味のある話題だな、これ。

井ノ口:今はまだ難しいですが、将来的には可能になると思っています。AとBという記憶があって、それを構成する神経細胞の違いを明確にする。そうやって、あらゆる記憶について構成要素の特定を繰り返していけば、決まった神経細胞の組み合わせによって記憶を復元することが可能になるはずです。さらにビジュアルデータと関連付ければ、取り出した記憶からビジョンを再現することも考えられます。そしたら、もう悪いことはできなくなりますね。犯罪が一発でバレてしまいます。

情報源: 記憶の移植は可能なの? 脳科学の専門家に聞いてみた | ガジェット通信